- 2007-02-25 (日) 23:59
- コトノハ
シノブさんのエントリーに触発されて、ちょっと書いてみたい。これは玉突きで、どこかのポケットにいつか入るかもしれないし、まだ続くのかもしれないもの。
趣味もそうだし、買い物、部屋のインテリアにしてからがそうだが、とかく「選ぶ」という行為にはその人の嗜好が出るのである。言葉もそうである。
外見で人を判断するな、という台詞を時々耳にする。何を言ってるんだろう、この人は、と私は思う。
その外見もまたその人自身が選び取った結果なのだから、それも含めて判断しなくちゃ本当じゃないんじゃないか。
太っていたり、痩せていたり、メガネをかけていたり、髪が短かったり、長かったり、ジーンズをはいていたり、スカートをはいたり、よれたシャツを着ていたり、汚れた靴を履いていたり、それらはすべて何もかも、その人自身が選んだ結果そのもの。そこから好感を持つか、嫌悪感を持つかはもうこちらの手を離れてしまったものだし、その評価に不平を言ったりするのは間違った事だけれど、少なくともいくつかのタグ付けは予想される結果であって、それはもう選んだ時点で自分もまたそれを望んでいるのだとみなされても仕方がないことなんじゃないかしら。
「選択」という行動がその人を決定的に位置づけている、と最近よく考える。
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